似合わないピンク

2011.06.16

由美子さん(仮名)は、仕事を通して知り合った年下の友人だった。まだ駆け出しの雑誌ライターなのだが、旺盛な好奇心とやる気があり、時にはむきになって私と議論することもある、そんな一途なところがどこか昔の自分と重なって、妹のように思っていた。ある時、仕事の打ち合わせが終わり店を出ようとすると、彼女が「あのう……」と私を呼び止めた。「実は今日、口紅を買いに行こうと思っているんです。一緒に選んでいただけないでしょうか……」もちろん、いいわよ。次の仕事までは時間もあるし、しかもここは化粧品買いには最適な地の利“銀座”である。私たちは四丁目の角にあるデパートを目指して歩き出した。一階の奥の化粧品売り場。由美子さん(仮名)は驚くようなスピードで次から次へとカウンターをはしごして歩く。テスターの前に立って彼女が最初に手にする色は、決まってピンク系だ。私は思わず言った。「ね、その色だったら今つけている口紅とほとんど変わらないんじゃない?」「あ、そうですね。でも、ほかにどんな色がいいのか……」と今度は濃い赤を手に取る。「あら、その赤はあなたのイメージには少しきつすぎるような気がするけれど」「そうでしょうか……」「ピンクがそんなに好きなの?」「というわけでもないんですけど……」「何色が欲しいと思って来たの?」「それが……、よくわからないんです……」ウムム。仕事となるといつもテキパキとして判断力もあり、賢さを感じさせる人なのに、今日は何だか歯切れが悪い。しかもテスターを手に取ってはやめ、の繰り返しで少しも決まりそうにない。困ったわね、このままでは一本の口紅を買うのに夜までかかってしまいそう。そう思った私は、彼女を促してデパートを出た。そしてあるホテルに向かう。ここの一階にあるドラッグストアには小さなメイクルームがあり、座ってゆっくりと化粧品を選ぶことができるのだ。今はともかく落ち着いて幾つかの色を試してみる必要があった。鏡に向かって座った彼女の後ろに立ち、私は一本の口紅を差し出した。「由美子さん(仮名)、あなたの顔にはこんなベージュ色の方が似合うと思うわ」一重瞼の切れ長の目、ほっそりしたなかだかの顔立ちは、ちょっと寂しげだけれど、気品のあるクールなきれいさだと私はいつも思っていた。リベラルな両親の教育のもとで、のびのび暮らしてきたお嬢さんという一面もあり、そのせいかおっとりとした品の良さがある。しかし半面、国立一期校出身というお勉強人生を送ってきた人に特有のプライドと、“女の子としての自分”に対する自信のなさとが同居して、二十四歳になったその心のうちは、今かなり混迷状態にあるようでもあった。私が選んだ明るいピンクベージュの口紅を見て、彼女は首を横に振る。「そういう色って嫌なんです。私の顔って冷た顔でしょう?それが嫌いで……。甘い顔に見せたいんです。クールで知的な女には見られたくないんです」「どうして?だってあなたは実際に知性的な女の子だし、クールな顔立ちには上品さもあるし、私はとても好きだわ」「だって、そういうイメージの女の子は一般的に男の人に好まれないんですよねっ」と由美子さん(仮名)は急に強い口調になるのであった。彼女のように賢い人でも、やっぱりそうなのだ。私は心の中でため息をついた。