81年にデビューを飾ったコムデギャルソンとヨウジヤマモトというふたつの新進気鋭のブランドがヨーロッパのモード界に与えた衝撃は、あまりに大きなセンセーションを巻き起こしました。従来のモードの概念に真っ向から逆らった、すべてのフォルムを拒絶するかのような非構築的なスタイル。モノトーンの配色、既存の美意識を根底からくつがえすような素材使い…。誰もがその斬新さに目を奪われ、度肝を抜かれると同時に、脅威を感じずにはいられなかったほどでした。発表した当初、その衝撃は意外にもネガティヴな形で一部のジャーナリズムから批判を受けるという事件も巻き起こしました。保守系新聞の『ルーフィガロ』をはじめ、ニューヨークの業界紙『WWD』は掲載した作品の写真に大きくバツーマークをつけて、この斬新なスタイルへの嫌悪感をあらわにしたほどです。時を置かずしてその衝撃はポジティヴな賞賛へと形を変えていきました。彼らの作品を目の当たりにした各国の新進クリエイター達がその影響を受けたのはいうまでもありません。彼らの作品への評価を冷静に分析すれば、まずこの衝撃的なデビューの背景にはヨーロッパ文化の権威に対する“逆ベクトル絶対値”という図式が考えられます。何か適当な例を挙げるとすれば、ロイヤルバレエという権威をプラス10のベクトルとした場合に、それと対比される暗黒舞踏はマイナス10のベクトル、みたいなものでしょうか。仮にイヴ・サンローランのクチュールという存在をプラス10のベクトルと考えたならば、ギャルソン、ヨウジのベクトルはマイナス10。だけど絶対値で考えれば同じ10として評価するといった考え方。それに加えて従来のモードの文脈になかった彼らのスタイルを東洋思想的な“ZEN”の延長みたいに勘違いして、その精神性の深さを指摘する欧米人も多かったように記憶します。このふたりのクリエイターのすごさは、その卓越した作品性の高さによって80年代後半には前記したベクトルをプラスに転じて評価させたことにあるんです。かつての“アンノン族”という呼称と同様に、乱暴な理屈で一卵性双生児のごとくに語られることの多かった“ギャルソンとヨウジ”はその後、両者の志向性の微妙な差異から全く別のアプローチをしていくこととなります。つねに研ぎ澄まされたナイフのような鋭敏な革新性、卓越したビジネスマインドとマーケテイングセンスを武器に次の一歩へと飽くなき挑戦を什掛ける川久保玲。そして既製服の仕立て屋というスタンスを自らに課しながら“照れの美学”をもってタブーへと挑み、往年のバレンシアガを彷彿とさせる円熟の域に達したパターンテクニックで独自のエレガンスを追求する山本耀司。この磁極の異なるふたりの突出したクリエイターを輩出したことは、間違いなく戦後ファッション史の大いなる財産といえるでしょう。